バサリ、と布団を跳ねのけ飛び起きる。
時計を見れば、時刻は未だ夜中と言っても差し支えのない時間。
対して暑くもないはずなのに、じっとりと汗を吸いこんだ服が気色悪い。
夢の内容なんて忘れたと、そう言ってしまえたらよかった。
何か嫌な夢を見たみたいだって、服だけ着替えて、もう一度寝なおせばそれでいい。
それでいい、のに……。
その方がよかったのに……。
実際は忘れる事も出来ず燻ぶる感情に、寝直す事すら出来そうにない。
最初は、何が起こってるか理解できなかった。
いつも通り家で目覚めたところから始まった夢は、途中から酷く焦燥感に駆られるものに変わった。
街の様子はいつもと何も変わらない。
変わらないのに……俺にとってだけ、明らかな異常があった。
誰も、いなかった。
俺が大切だと思う奴、皆……誰1人、夢の中ではその姿を見付ける事が出来なかった。
あちこち探し回っても、その痕跡すら見付けられなくて……。
なのに、周りは全く何も変わっていなくて……。
まるで、それが当たり前みたいに……俺の大切な人達だけが、世界から消えていた。
「なんだって、あんな夢……」
呟いてから、あまりの馬鹿らしさに笑いが漏れる。
何で、なんて自分で分かりきってるじゃないか……。
キースとの試合の最中、久方ぶりに見た姿。
分かってた、あれが本物じゃないって事ぐらい。
分かっていて尚、怒りが抑えきれなかった。
あいつの姿なんて見たくなかった。
思い出したくもなかった。
折角の試合の楽しい時間を、邪魔されるのが酷く嫌だった。
いや、違う……。
本当は、怖かったのだ。
あいつの言葉でまた、大切な誰かが姿を消すんじゃないか、って……。
馬鹿げた妄想だって分かってる。
あいつは……あの女は別に、ダークネスでも何でもない。
その言葉に力なんてない。
分かってるのに……それでも、まだ……。
その女に初めて会った時の事は、全く記憶にない。
それぐらい嫌いだから……ならよかったのだが、単純に幼過ぎて記憶に残ってないだけだ。
榊原・瑛枝(さかきばら・あきえ)。
父の姉……つまり俺から見れば伯母にあたるその人の事は、正直言って大嫌いだ。小さい頃から、ずっと。
何かと理由をつけて母ちゃんに嫌みを言うし、俺に対しても「母親に似たから乱暴な落ちこぼれ」だのなんだのと好き勝手な事を言うし……。
見た目も父に似て、成績もよかった和兄ちゃんの事は気に入ってたみたいだけど……それも、兄ちゃんの中身を見ての事では決してない。
クーに至っては「血の繋がりもないくせに……」と面と向かって言われた事があるくらいだ。
本当に小さい頃は、言ってる意味がよく分からなかった。
伯母は父ちゃんにはいい顔をしていたし、俺達に何か言う時は周りに人がいない時を選んでいたらしく気付く人はいなかった。
父ちゃんは医者で、母ちゃんは看護師だったから……。
忙しい2人に代わって面倒を見てくれることのあった伯母には、2人に隠れて俺達に嫌みを言う時間ぐらいいくらでもあった。
ついでに言うと、別に善意で預かってくれたわけでもないらしい。お礼にと、充分過ぎるぐらいのバイト代を受け取っていたらしいから。
結局、和兄ちゃんがその状況に気付いて両親に「俺が2人を見るから」と言った事で預かるのはやめてもらったのだけれど……。
親戚の集まりなんかがあれば、隙を見て嫌みを言いに来ていたのだから、もうそういうのが趣味な人なのかもしれないとさえ思う。
とは言え、俺は嫌いではあったけど正直どうでもいい人ではあった。
嫌いな相手に何言われようがどうでもいいし。つーかあの人口だけだし。
そう、あの日までは……本当に、どうでもいい存在だったんだ。
あれは、俺が9歳の時の12月11日。
その日は爺ちゃんの誕生日で、顔見せに父方の実家まで足を運んでいた。
タイミング悪く居合わせてしまった伯母が、いつもの様に母ちゃんに嫌みを言っていて……。
その内容を、きちんと覚えていたわけじゃない。母ちゃんもいつも通り気にする様子は微塵もなかったから、気にするつもりもなかった。
だけど、あまりに気にしない母ちゃんに業を煮やしたのか、「あんたなんて死んでしまえばいい」とまで言ったのは、やけに耳に残っていた。
「んなこと言われる筋合いはないわ」って、母ちゃんが一睨みしたら怖かったのか黙ってたけど。
母ちゃんは気にしてない。だから、その時は誰にも何も言わなかった。聞こえなかった、ふりをした。
それから三日後……父ちゃんと母ちゃんは、死んだ。事故だった。
クーの、亡くなった両親の墓参りに行く途中に……事故にあった、らしい。
その日墓参りに行こうとしてたのは、命日だからで、クーの両親がなくなったのも、事故で……同じ日に、同じ原因で、両親が死んだ。
そして、どちらの事故も……一緒に車に乗っていた、クーだけが生き残った。
葬式は、嫌な空気が漂っていた。
クーのせいなんかじゃないのに……不幸な事故なのに……悲しむよりも、ひそひそと噂話をする大人達の方が多かった。
実の両親が死んだのが、クーが5歳の時。
うちの両親が死んだのが、クーが10歳の時。
だから、気味が悪いって……。
そんなのただの、偶然なのに……。
「いい加減にしろ」とキレそうになる自分を抑えて、葬式が早く終わってしまう事を願った。
2人の死を悲しむ余裕すら、なかった。
でも、他の親戚はまだ、濁した話をするだけだった。
ハッキリと口に出しなんてしなかった。
けど、葬式が終わって……俺達を誰が引きとるかって話をしてた時に、あの伯母が……言いやがった。
「あんな子引き取ったからだ」って。
「だから私はやめるように言ったのに」って。
「2人とも可哀想に……呪われた子なんだわ、きっと」って。
母ちゃんに、「死んでしまえばいい」なんて吐いた、その口で……。
クーは、父ちゃんの事も母ちゃんの事も、大好きだったし大切にしてた。
血の繋がりなんてなくても、俺達はちゃんと家族だった。
呪いなんてものがあるなら、クーじゃなくてあんたがやったんだろうがって。
気付いた時には、感情のままに怒鳴っていて……殴りかかりそうな俺を、和兄ちゃんが押さえていた。
「あんな奴と同じ所まで落ちちゃいけない」「殴る価値すらない奴だ」って、そう囁いた兄ちゃんが、本当は俺以上に怒ってた事は分かってた。
その場で……怒りを見せたのは、俺達2人だけだった。
クーは未だ怪我が治ってないからって部屋で休んでいて、その場にはいなかったから。
だから俺達2人だけが怒って……言い辛そうにしながらも、他の親戚たちは怒りより伯母に同調する空気があった。
俺達2人だけならともかく、クーを引き取るつもりはない、って。
気味が悪い、ただそれだけの理由で。
その事に気付いて、「だったらあんた達の助けなんていらねぇ!」って、そう叫んで……。
怒鳴るだけじゃ何にもならないって、兄ちゃんは俺を宥めて部屋に行っている様に言って……。
……後先の事を、考えれてなかったのは確かだ。
でも、クーは俺の大事な兄ちゃんで、家族だ。
その家族をあんな形で侮辱されて……クーだけのけものにする事で生活の保障が手に入るってんなら、そんなのいらないと思った。
そんな奴等の元で、暮らしたくなんてなかった。
……俺ですら、気付いたいんだ。
葬式の時のあの空気の原因を、クーが気付かないはずがなかった。
部屋で休むと言ったのも、多分俺達が自分を気にせずにいられるようにって、配慮。
そんなの要らないのにって、3人一緒じゃなきゃ嫌だってそう伝えたくて、自分の部屋じゃなくクーの部屋に行ったら……クーは、そこにはいなかった。
そこだけじゃない。家の中を探して回っても、どこにもいなくて……玄関に行ったら、靴がなかった。
慌てて和兄ちゃんにも伝えて外を探し回って、ようやく見付ける事が出来て連れ戻したけど……あの時、クーはそのまま何処かへ消えるつもりだった。
当てなんて、何にもなかったくせに……自分がいたら駄目だって、俺達2人の生活の為だけに、姿を消すつもりだった。
自分からはっきり言おうとはしなかったけど、あの時の叔母の発言を聞いてたからだったのは、和兄ちゃんが聞き出してた。
そこまで思い出したところで、唐突に鳴り出した目覚まし時計に一気に現実に引き戻された。
……あの時の俺は、親戚相手に啖呵を切るぐらいしか出来なくて、伯母の心ない言葉にだって、具体的に何が出来たわけではなかった。
あの頃よりは、力も付けた。出来ることだって増えた。
それでもまだ……何処かでビビってんだ。
また誰かが、消えてしまうんじゃないか、って……。
両親が死んだのは、突然だった。挙句の果てに、兄ちゃんまで失踪しかけた。
大切な人が3人も、同時期に消えてしまうところだった。
大事な人が消えてしまうのは、怖い。
二度と会えない。
そうならないための努力すら、出来ない。
そんなのはもう、二度とごめんだ……。
1つ、深く息を吐き出して、両手で頬を叩く。
痛みと共に、僅かに気が晴れたような気がした。
大丈夫、夢は夢だし、あのクソババアの幻は単なるサイキックの効果でしかない。
怖いなら、動けばいい事だ。もう誰も消えてしまわないように……出来る事を、すればいい。
(何やら乱雑に書き足されている)
……気合いを入れたにも関わらず、結局筑音兄ちゃんや皆に甘えてしまったのは、まぁ、うん。
怪我もあったし弱ってたからって事に、しといてくれっと嬉しいかなー、とか。
……ま、実際の所は……皆ちゃんといたから、安心しただけ、なんだけどさ。
あー、もう、とりあえず終わり終わり!らしくもない長い話聞かせて悪かったな!
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