羅刹佰鬼陣、第5ターン。
推奨されていたルートが、他の場所だった事は知っていた。
知っていて尚、別の道を進む気になったのは、虎の名を持つ羅刹が気になったからというただそれだけの理由でしかなかった。
戦争の最中で、んな余裕のある状況ではなかったのも知っていたけれど……こんな時でなきゃ、逢えない敵だろうとも思ったから。
コンビを組んでいたツクに頼んで他の奴等とは進路を変え、向かった先。
三夜沢赤城神社――そこで待っていたのは、手合わせをと望んだ敵との遭遇などではなく……。
二度と顔も見たくないと、そう思っていた相手との思いもよらない再会だった……。
『邪魔者』
「んー、こっちにゃいねぇみたいだなー。折角来たのに。」
「まぁ、こればっかりは仕方ないんじゃねーの?」
敵味方が入り乱れる戦場で、お互いディフェンダーとして味方を守りつつ周囲に目を凝らす。
とは言えツクの言う通りで、運よく望んだ敵に会えるとは限らねぇし、と諦めは早々についた。
別に、絶対の拘りがあるわけではないのだ。
代わりに他の敵を蹴散らしとくかー、なんて気持ちを切り替えて、目の前に迫る敵に攻撃を当てていく。
そんな中、不意に呼ばれた己の名に、聞こえた声に、鳥肌がたった。
そんなわけがない。
此処はダークネスと灼滅者の戦場で、いるはずがない。
いるはずがない奴なのに……。
でも、今、確かに……。
「ちょっと、呼んだんだから返事ぐらいしなさいよ。相変わらず可愛げのない子ね。」
聞き覚えのある声。
聞き覚えのある口調。
……見覚えのある、顔……。
視線を向けた先、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべたそいつを、確かに俺は知っていて……。
「なん、で……」
ようやく絞り出した声は、情けない程に掠れていた。
俺の様子がおかしいのに気付いて声をかけてくれるツクに、言葉を返す余裕もない。
いるはずのない存在に混乱した頭が、状況を理解しようとしない。
此処は何処で、今自分は何をしていたのか……。
分かってる。
一般人が此処にいるはずがない。
分かってる……分かってる分かってる!!
じゃあこいつは!
この女は!!
「灼滅者……なわけねぇよな。あんた……ダークネスについたのか。」
「ようやくそれ?やっぱあの女の子供ね、頭悪いにも程があるわ。」
ケタケタと耳障りな笑い声を上げる女に、眉間に皺が寄るのが分かる。
模擬戦でトラウマを喰らってその姿を見ただけでも頭に血が上って暴走していたくらいだ……。
実物を前に冷静でいられるとは思っていない。
苛立ち、憤り、怒り……表現するならこんな言葉しか出てこないくらいには、冷静じゃない。
だけど……問答無用で殴りかかるには……自分と、その女の間に存在する関係性が邪魔をする。
灼滅してはいおしまいと、そう出来る相手ではない。
なんせ、こいつは……。
「翼、こいつは……?」
「榊原・瑛枝……俺の、伯母だ。」
俺に説明する余裕がなかったために状況が掴めていなかったらしいツクに端的に告げれば、それだけで状況を理解してくれたらしい。
まぁ、トラウマで何を見るのか、何で嫌なのかぐらいは、話していたからだろうけど……余裕のない今は、その察しの良さが酷く有難い。
「武蔵坂に行ったって聞いたから、まさかとは思ったけど…あんたみたいな落ちこぼれが灼滅者ねぇ。あぁ、あの寄生虫も一緒かしら?お似合いだわぁ、その中途半端な強さが。」
「てっめぇ……っ……っは、ダークネスに追従する事しか出来ねぇ奴がよく言うぜ。大体あんた、家族はどうしたんだよ?」
寄生虫……血の繋がらない兄を蔑むその言葉に、これまでの戦闘の結果腕を伝っていた血が、怒りに呼応するように燃え上がる。
けれど、叩きつけてやろうとしたそれは、続く伯母の言葉で霧散した。
「消したわよ、邪魔だから。」
「は……?消し、た、って……まさか……」
「殺した…っつー事よな。」
元々が嫌な奴で、ましてや敵となったこの状況で……。
それでもあまりにもあっさりと告げられた言葉に確認の言葉は怯み……後を継ぐように発されたツクの言葉に、思わず肩が跳ねた。
ダークネスや、その眷属なんかが人を殺している事は、知識としては、知っている。
知ってはいるけれど……互いに一般人として接してきたはずの相手の口から聞くと、妙な衝撃はあった。
殺された対象が、親族だからなのかもしれないけれど……。
……伯父はともかく、嫌いではなかった従姉の顔が浮かんで……殺されたという事実と、結びついてくれない。
「私の幸せを邪魔する存在は全部消すの。旦那も娘も。そうね、あんた達なんて最たるものじゃない。昔っから目障りで……ここでしっかり消してあげるわ。」
「自分がよけりゃ……それでいいのかよっ!!」
「当たり前じゃない。あぁ、ついでにあんたの大事な人もみぃんな殺してあの世に送ってあげるわよ?寂しくない様にね。優しい伯母さんでよかったわね?」
相手にとっては、ただの挑発だったのだろう、その言葉。
けれど、大事な人を殺されることは俺にとっちゃ……自分が死ぬより、何より最低最悪の事態で……。
ぷつり、と何かが切れた音がした気がしたのと同時、それまで混乱でぐちゃぐちゃしていた思考が急激にクリアになった。
怒りも過ぎれば逆に冷静になるもんだと、誰かが言っていたのを思い出す……それくらいの、余裕は出来た。
そもそも、何をごちゃごちゃと考えていたのか……単純な話じゃないか。
相手との関係性?血の繋がり?そんなもの、関係ない。
此処は戦場で、相手は敵。
負ければこちらが殺されるのだ。
自分が殺されるだけじゃない、大事な人も何もかも失いかねない。
敵が誰であろうと、倒す覚悟は決めてきたはずだ。
それで、誰かに恨まれる覚悟も。
その敵の中に血の繋がりがある奴がいた、ただそれだけの事。
倒せない理由なんて、存在しない。
「……なぁ、ツク。手伝ってくれるか?」
軽く右足を引いた自然体…元々型なんてない俺にとっての構えの態勢を取れば、急かす事もなく此方の気持ちが定まるのを待っていてくれたらしいツクに声をかける。
問い掛けこそしたものの、答えは分かっているけれど……。
いいんだな、と確認するように此方を見遣る視線に、はっきりと頷いてみせる。
「……伯母さん……いや、敵さんよ。あんたとの喧嘩はまるで楽しくなさそうだ。とっとケリつけてやるから覚悟しろよ。」
「生意気な子ね……あの世で後悔するといいわ。」
「あんたがな。」
会話はもういいとオーラを纏った拳を容赦なく叩き込む。
戦闘に臨む間、何時ものような高揚感はそこにはなかったが、ずっと抱え続けてきた苦手意識は薄れていった。
何も出来ず、大切な人を失う事になるのがずっとずっと怖かった。
それを思い出させる伯母が嫌で嫌で仕方なかった。
けど……。
「これで、終わりだっ!!」
最後に叩き込んだ閃光百烈拳で倒れた伯母を前に、改めて気持ちの整理がつく。
失うのは、怖い。
だからこそ、失わないための努力は怠らない。
自分に出来る精一杯を、決して諦めたりなんかしない。
「……大丈夫か?」
「ん、大丈夫。行こうぜ……まだ戦争は終わってねぇし、やるべき事もやれる事も、まだまだあるだろ。」
こつり、とどちらからともなく突き合わせた拳をぶつけ、その感覚にふと作ったものでない笑みが零れた。
大丈夫……少なくとも俺は、護りたい人達を護る事が出来たのだから……。
その事実だけあれば、十分だ。
誰にも嫌われず生きる事なんて無理でも、大好きな人達を、大切な人達を、護っていければそれでいい。
自分が誰かにとっての邪魔者だろうと、そんなことは関係ない。貫くべき事は、変わらない。
再確認だけして、次の戦場へと歩き出す。
……もしまた、トラウマが付与された攻撃を受ける事があったとしても、今度はもう大丈夫だろう。
あいつの影なんて恐れるもんなんかじゃないんだと、今はそう、確かに思えるのだから……。
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