「武蔵坂学園?」
翼が口にした単語に、和兄ちゃんが首を傾げる。
一応通学圏内にあるその学園の名前は、俺も兄も聞き覚えくらいはある。
が、口にしたのが翼となると違和感しか浮かばない。
翼は理解力自体はそう悪くないのだが、基本的に好きな事、興味のある事以外に関心を示さず、勉学に励む気はさらさらない奴である。
学校は友人達と遊ぶために通っているようなもので、
それ以外はほとんどの時間を自分が一番好きな事――喧嘩に費やしている。
その翼が、他校の名前を口にする意味……嫌な予感しかしない。
殴り込みにでも行く気なのだろうかこいつは……。
「何かさ、強い奴がいっぱいいるらしいんだよ!」
キラキラした顔で言い切る翼は心底楽しそうな顔をしていて、どうにも反対をする気が起きない。
その学校の奴には悪いが、俺は見ず知らずの他人より妹の方が大事なんだ。自分も苦労すんの目に見えてるけど。
「成程……その学校に通いたいのかい?」
「おぅ!」
「え、そっち!?」
翼が負けるとは思ってないし、邪魔をする気はないけれど、一応ついて行くべきかな、
なんて思考を巡らせていれば、聞こえた言葉に上ずった声が出た。
「だって、強い奴いっぱいいるなら、何回も喧嘩しに行くの面倒臭いじゃん!!」
それを理由に転校までしたがる奴なんて早々いねぇよ。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、代わりに溜息を吐く。
言い出した翼を止めるのは至難の技だ。
特に……ちらりと視線を向けた先、にこりと微笑んで見せる兄の姿に脱力する。
止める気ねぇよこの人……。
「クーも一緒に行くだろ?」
当たり前のように問われた言葉に、一瞬緩み掛けた口元を引き締めしょうがないなという態で頷いてやれば、テンションの上がった翼がちょっと出掛けてくると家を飛び出していく。
どっかでまた喧嘩でもしてくる気なんだろう。
それに「自分から手出すのはダメだからねー。」とどこかずれた言葉をかけた兄が此方に向き直ったのを視界に捉えて、
思わずさっと目を逸らした。
「よかったのかい?」
「……学校一緒のが、フォローもしやすいし……あいつ1人にしておけないだろ。」
「ふふ……相変わらず勇騎は素直じゃないね。」
穏やかに笑う和兄ちゃんには、きっと全部ばれてる……
一緒にいるのが当たり前という翼の態度が嬉しかったことまで、全部……。
それでも素直に認めるなんて出来なくて、決まりなら手続きの仕方とか調べてくる、と部屋を後にする。
……気恥ずかしくて言えるわけねぇだろ!
こうして、俺――冴凪勇騎と、妹である冴凪翼の武蔵坂学園への転入が、決まった。
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